近況報告

7月。
西の方で大雨が降ったり、父親の法事があったり、あぶに刺されたり、
いろんなことが日々あります。
これを読んでくれてる皆さまは、今どこでどんなにしているのでしょうね。お元気ですか。
あぶ避けにはクローブのチンキが効くようです。いただいたチンキを腕やら頭やらにスプレーしたら
あぶが全然寄ってこなかったので。

父親の法事のために作った石鹸、とてもよい仕上がりでした。
これからも作り続けたい石鹸に、また出会うことができた。
こんな石鹸が作りたい、と考えて作っても、出来上がる石鹸が必ずしも
気にいるとは限らなくて。

自分の作るものに救われるのは不思議なもので、そういう石鹸に出会うと、
自分が作ったのだけど、どこからか私のために贈られたものに感じられる。
そういう時、自分が自分が、といつも思っていても、自分っていう輪郭の曖昧さを知る。

こんなにはっきりと、私とあなたは違う存在だけど、
その違いはほんの1ミクロンみたいなことで、もっと大きなくくりで見たら、
あなたと私、実は違わないのじゃないの?とか思う。
あなたと私、っていう線の引き方はどうも違う気もする。
まぁ、この線があるから私はあなたに笑いかけることができるのだけど。
あなたに笑いかける私は、あなたなのかもしれないし、あなたは私かもしれない。
というか、私とかあなたとかじゃないかもしれない。
ひとつの石鹸が私に見せる景色は広い。

今は、半年くらい前からイメージだけがある石鹸があって、それを仕込みたいと
考えています。
「フロート」。浮かぶもの。
初めは「float」と思っていたのだけど、カタカナの方がいいと思っています、今は。
浮かんでいるもの、宙ぶらりんで。初めは特定の対象をイメージしたのだけど、今はそんな
浮かんだまんまそこにあるものたちの総称みたいな気持ち。

浮き草はいつか、どこかに根を張るんだろうか。
根を張ればそれは変わっていくのだけど、根を張らず、ゆらゆらしていればそれは
いつまでも変わらないで浮かんでいる。きっとね。
何にも属さないこと、とても不安定で、とても力強くて。
どちらにしてもただ浮かんでいるばかり。

忙しくしていました。
おかげで庭は少し荒れています。それでも花豆にはきれいな花がずっと咲いて、
絶えずハチが蜜を吸う。
人参も春菊もパクチーも花を咲かせて、初めて植えたひよこ豆にも白い小さな花がつきました。
花。私はずっと長いこと花は好きじゃなかったんだ。蝶々が寄ってくるから。
いつから花がきれいと思うようになったんだろうね。
いつから蝶々を眺めていられるようになったんだろう。
家の中に入ってきた蝶々はまだ怖いのだけど、外で見る蝶々はすごくいい。

こないだ人に聞かれた。
都会って便利だし何でもあるし、田舎に越してきて退屈じゃないですか?
あいにく、退屈を感じることはない。退屈って、自分の中にはないのじゃない?
ひとりでいるときに、退屈を感じることってはたしてあるのかな。

だけど、いつも同じようなことを書いて退屈させていたらごめんなさい。
写真は、父親の法事に寄せて作った「今日」という石鹸。気持ちよくて外で撮りました。
そして花豆の蜜を集めるハチの写真も。



2018年7月



近況報告へ
topへ